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   <title>武蔵小杉や武蔵中原など川崎市中原区・高津区の賃貸物件、マンスリーマンションはジェクト</title>
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   <title>隠居</title>
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   <published>2012-02-03T10:39:07Z</published>
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   <summary>定年近しの齢（よわい）となり、江戸落語のご隠居みたいに なりたいもんだ、とぼんや...</summary>
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      定年近しの齢（よわい）となり、江戸落語のご隠居みたいに
なりたいもんだ、とぼんやり思うことがある。
このご隠居、江戸時代の人びとにも憧れだったようだ。
　
歌川広重は２６歳で同心の家督を譲って隠居。浮世絵師になった。
松尾芭蕉は３６歳、伊能忠敬は４９歳で隠居しそれから偉業を成した。
江戸文化に詳しい社会学者田中優子さんは、隠居とは、やりたいことが
できる人生の到来だったと、書いていられる。

しかし隠居するにも、先立つものがいるはず。田中さんによれば、
武士だときちんと勤め上げたあとに隠居料が支給される。
農民や町人は相続財産から１～３割の隠居料を確保し、
相続者と契約書も交わしていたそうだ。

内閣府の有識者検討会が高齢者＝６５歳以上の定義を見直そうと
言い出した。国連が６５歳を高齢者とした１９５０年代、日本人の
平均寿命は男６３歳、女６７歳だったが、今は男７９歳、女８６歳だ。

年齢の固定観念が高齢者の意欲を削ぐ、と検討会は指摘する。
そのココロは、社会保障の基準「６５歳以上」を引き上げ、定年延長で
働き続けられるようにする。国の借金は膨らむばかりであり、「支える」側に
回ってほしいとの要請なのだろう。

やれやれ楽隠居など望むべきもない。といって落胆するには及ばない。
広重や芭蕉を見習えば、人生リセットして自らの道を歩むのが隠居だ。

　

　

      
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   <title>NHK大河ドラマ「平清盛」</title>
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   <published>2012-02-03T03:11:22Z</published>
   <updated>2012-02-03T03:15:03Z</updated>
   
   <summary> 映画「地獄門」（１９５３年公開）は、平安時代の武士が 人妻に懸想、人妻が夫の身...</summary>
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       映画「地獄門」（１９５３年公開）は、平安時代の武士が
人妻に懸想、人妻が夫の身代わりに武士の凶刃に倒れる物語だ。
武士は長谷川一夫さん、人妻を京マチ子さんが演じ、カンヌ
映画祭でグランプリを受賞した。

武士は後の僧侶・文覚の遠藤盛遠、人妻は渡辺渡の妻・袈裟
（けさ）で、菊池寛の戯曲「袈裟の良人」を原作としている。
原作には「平家物語のころ」とあるから、平安末期の物語だろう。

その盛遠が吉川英治の「新平家物語」冒頭に出てきて驚いた。
平清盛が学んだ学舎の学友との設定だ。清盛の生誕は元永元
（１１１８）年、盛遠＝文覚は２０年ほど下るから学友はあり得ないが、
物語の展開上、必要だったのだろう。

「新・平家」にはもう１人、出家した武士が出てくる。後に西行となる
佐藤義清だ。父を慕う４歳の娘を縁の下に突き落とし、泣き声を
聞きながら髻（もとどり）を切ったと描かれているからすざまじい。
西行は清盛と同じ年生まれ、同僚だった可能性もある。

NHKの大河ドラマ「平清盛」が始まった。５１作目となるようだ。
序盤は若き清盛が描かれ、義清も同僚として登場する。
「平家物語」には文覚の紀述はあるが、西行の記述は見つからないから
「新・平家物語」などを参考にしたのかもしれない。

権力の頂点まで上り詰めて栄華を極めた清盛と、俗世を絶った
法師らは、今後どんな交わりを見せるのだろうか。、そんな
視点からの鑑賞も興味深く楽しみにしている。

      
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   <title>商業ビルの新感覚</title>
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   <published>2012-01-19T08:17:29Z</published>
   <updated>2012-01-19T08:20:46Z</updated>
   
   <summary>年明け早々に都内で知人と会食することになり、 JR有楽町駅で待ち合わせをした。こ...</summary>
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      年明け早々に都内で知人と会食することになり、
JR有楽町駅で待ち合わせをした。この周辺に足を運んだのは
半年ぶりだったが、短期間での変貌ぶりに驚いた。

およそ一年前に閉店した西武百貨店が、JR東日本系列の
ルミネとして生まれ変わっていた。半年前はまだ改装中で、
入り口周辺は看板で覆われ、暗さばかりが目立っていた。

ビルそのものを新築した訳ではないので、店内は決して広い
とはいえないが、そこを逆手にとってお目当て以外のショップも
のぞいてみる氣にさせようと、テナント店舗をうまく配置されていた。

中年の男性には「場違い」と感じるところもあろうが、
各階にカフェがあり、また昨秋、国内最大級のメンズファッションの店舗
として生まれ変わった阪急とも通路でつながっているので、ご婦人が
買い物に熱中している間に暇をもてあますことはないだろう。
動線もうまく考えた空間づくりに感心した。

少し前の経済ニュースが、この両店舗の改装オープンと、
国内外のファストファッション店の進出により有楽町、銀座周辺の商店街に
新しい人の流れができ、活気づいたと伝えていたことを思い出した。

      
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   <title>受験</title>
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   <published>2012-01-16T09:33:39Z</published>
   <updated>2012-01-16T09:37:56Z</updated>
   
   <summary>受験シーズンになると菅原道真を思い出す。 「学問の神様」として知られる人だ。道真...</summary>
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      受験シーズンになると菅原道真を思い出す。
「学問の神様」として知られる人だ。道真は８７０年、
最高の国家試験「方略（ほうりゃく）試（し）を受ける。出題は２問。
「氏族を明らかにせよ」「地震を弁（わきま）えよ（論ぜよ）」。
この当時から地震への関心は高かったらしい。

というのも前年に陸奥国で大きな地震があった。
人々は、家が倒れて圧死したり、地割れに埋まったりして死んだ。
津波も多賀城（宮城県）の城下まで押し寄せ、溺死者が
千人ばかり出たという。東日本大震災で話題になった
貞観（じょうがん）地震だ。その前の年にも播磨地震（兵庫県）が
あった。

さて道真の試験結果はどうだったか。第１問では
歴史の考証の不備を指摘される。第２問では
「地震の起きる理由が押し極めておらず、妄（みだ）りに
種々の考えを述べ・・・」と厳しい評価。が、道筋はほぼ
整っているなどとして、合格判定だった。（寒川（さんがわ）旭著
「地震の日本史」）。

ただ、合格点としては最低の「中の上」。当時の試験官は、
甘くすると沽券（こけん）に関わるとでも思っていたらしく、
答案に文句をつけ、合格点も「中の上」が普通だったとか。
が道真は「合格したといっても虫の食った桂の枝を折ったようなもので、
父上に申し訳ない」と嘆いたという。

今日で大学入試センター試験が終わった。受験生たちは
寝る間も惜しんで、猛勉強の日々を送ってきたことだろう。
苦労して培った力だ。すべて出し切ったことだろう。
結果は自（おの）ずとついてくるはずだ。「学問の神様」でも
やっと試験に受かっていた。と思えば氣も楽だ。

      
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   <title>初競り</title>
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   <published>2012-01-13T08:23:24Z</published>
   <updated>2012-01-13T08:25:36Z</updated>
   
   <summary>気温、水温、海の匂い、月の位置、潮の満ち引き。 全てに目を配れる経験と勘が必要だ...</summary>
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      気温、水温、海の匂い、月の位置、潮の満ち引き。
全てに目を配れる経験と勘が必要だ。むろん運も。
漁師という仕事のことだ。新年早々、青森・大間の漁師さんに
幸運の女神が舞い降りた。東京の築地市場の初競りで、
大間のクロマグロが５６４９万円の市場最高値で競り落とされた。

広大な築地市場はいくつもの競り場に分かれている。
近海物の天然クロマグロは市場の最奥、王の王座のような
位置で競りを待つ。「海のダイヤ」とまで称される魚の貫禄だろう。
ところが、そのダイヤ、海外勢に買い負けることしばしばだった。
ことしは東京のすしチェーン店社長が落札した。その言葉がいい。
「海外ではなく日本の皆さんに食べてもらいたかった。みんなで頑張ろう
と景気づけをしたい」

通常価格で提供されたそうだ。宣伝効果を計算した上での入札には
違いないが、太っ腹の社長に拍手を送った人は多かっただろう。
その調子、その調子、沈滞が続く日本経済もその調子で上向いて
くれるといい。クロマグロが泳ぐ速度は最大で時速８０～９０キロそうだ。
眠るときも泳ぎはやめないで一生を泳ぎ続けて餌の魚を捕るという。
泳ぎ続けるマグロの景気のいい落札劇だった。なにやら活を
入れられた気分になった。
      
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   <title>総力戦</title>
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   <published>2012-01-07T06:30:22Z</published>
   <updated>2012-01-07T06:32:50Z</updated>
   
   <summary>正月になくてはならない「箱根駅伝」。今年で８８回とは本当に 長い歴史を紡いできた...</summary>
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      正月になくてはならない「箱根駅伝」。今年で８８回とは本当に
長い歴史を紡いできたものだ。伝統のレースは数多いが
今年もきっと記憶に残るだろう。東洋大が往路４連覇に復路を加えて
圧巻の総合優勝を果たした。

　「僕が苦しいのは１時間ちょっとなので福島の人に比べたら
大したことはありません」。その言葉にはジンとさせられた。
福島県いわき総合高出身の柏原竜二選手。ありきたりだが、
力を振り絞って箱根の山を駆け上る様に復興への願いを
ダブらせた人も多かったに違いない。

駅伝の名は奈良時代の律令（りつりょう）制に定めた「駅場伝場」が
由来という。政府が地方に通達を出したり、情報を集める時、
使者が宿泊する駅や乗り継ぐ馬を確保しながら移動した。
そこで着物にたすき掛けをしたかは定かではないが、駅伝は
大事なものを人から人へつなぐ姿そのものだ。

東洋大の酒井俊幸監督が出したコメントも、優勝できたのは
走った選手だけの力ではないというものだった。「部員全員、
マネジャーも総力戦。そして早大や駒大などライバルがいたからこそ
強くなれた」。決して忘れてはならない大切なバイブルを見たような
大会だった。

      
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   <title>竜</title>
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   <published>2012-01-06T05:32:33Z</published>
   <updated>2012-01-06T05:41:15Z</updated>
   
   <summary>一富士、二鷹、三茄子といえば、初夢で見ると、縁起が良いとされるもの。 富士山、鷹...</summary>
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      一富士、二鷹、三茄子といえば、初夢で見ると、縁起が良いとされるもの。
富士山、鷹狩り、初物の茄子を徳川家康が好んだことや、「無事」「高く」
「事を成す」の語呂合わせ説などが、諸説ある中の代表的な起源といわれる。

今年の吉凶を、占う初夢だけに、明るい楽しい夢に越したことはない。
悪い夢を食べてくれるという、架空の動物「獏（ばく）」の字を書いた紙を
枕の下に敷いて寝る週間もあると聞いたこともある。

想像上の動物といえば、今年の干支（えと）「辰」もそうだ。
十二支では唯一、人間がつくり出した動物。東洋は竜、
西洋ではドラゴン。日本などでは神聖視されることが多い。

　竜は巨大なパワーやエネルギーの象徴で、身を立てて天に昇る
意味もあるようだ。中国では皇帝のシンボルとされ、「国民総幸福量」
を国是とするブータンの国旗には白い竜が描かれている。

それにしても「昇り竜」とも言われるように、辰年は上昇機運が高まる
縁起がいい年とされる。新幹線が開業して東京五輪が開かれ、
青函トンネルや橋が開通したのも辰年だった。今年５月には
東京スカイツリーが開業する。



      
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   <title>災害のない年に</title>
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   <published>2011-12-25T08:24:46Z</published>
   <updated>2011-12-25T08:29:26Z</updated>
   
   <summary>この一年を一言で表現するとしたら、色々あっても「激動の年」 は外せない。肝心な政...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.jecto.co.jp/blog/">
      この一年を一言で表現するとしたら、色々あっても「激動の年」
は外せない。肝心な政治経済は今なお国内外ともに
揺れ動いたまま。エジプトやリビア、チェニジアなどで民主化運動の
勝利が象徴的だが、さらにユーロ圏では深刻な財政危機です。

ギリシャに端を発し、イタリアなどでも現実問題になってきた。
その影響は円高となって我が国にも押し寄せ、厳しい財政運営、
経済環境を強いられている。まさに政情不安であり、経済不安だが、
その課題処理は来年以降へ。内政面で山積している課題も然りだ。

一方、社会現象に目を向けると、今年は大規模な自然災害に
見舞われた年でもありました。多くの日系企業も水没したタイの
大洪水もそうだが、国内では大雪、大雨、大地震・・・。
年末年始に鳥取・島根を襲った大雪で漁船３８０隻が沈没、
国道で千台の車が４２時間も立ち往生。

９月初めには三重や和歌山、奈良県で、土砂崩れダムという
新語が物語る記録的豪雨があった。それより何より３月１１日の
東日本大震災である。誘発された大津波は沿岸の街を次々と
飲み込み、１万５８４３人（１２月２２日現在）の命を奪い、
行方不明の人はなお３４７０人余と警察庁で発表されている。

多くの人が仮住まいを強いられている。さらに、東電・福島
第一原発の崩壊による放射能汚染の直接、間接の被害は広がる一途だ。
復興の動きも緒についたばかりのようだ。ちょっと気が、
早いのですが、来年は・・・こう願わずにはいられません。
「災害のない年に」　本年も『岡目八目』ご愛読有難うございました。
ジェクト社長、各位のお力添えに感謝しています。ジェクトも、
「新しい感覚と新しい工法で建設業にご尽力されています。
来年はますます「まちづくり」に、ご貢献されますことを
祈願し本年の最後のブログといたします。皆様方には、
ご健勝で良いお年をお迎えくださいますよう。来年も日々の
ニュースを軸に『岡目八目』でお伝えしたいと思っております。

（M.N）

　


      
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   <title>価値観</title>
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   <published>2011-12-22T00:04:56Z</published>
   <updated>2011-12-22T00:10:23Z</updated>
   
   <summary>先日のNHKテレビ番組「瀬戸内寂聴青空説法」で 「忘己利他（もうこりた）」の話を...</summary>
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      <category term="Ｍ．Ｎ氏の岡目八目" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.jecto.co.jp/blog/">
      先日のNHKテレビ番組「瀬戸内寂聴青空説法」で
「忘己利他（もうこりた）」の話を拝聞した。伝教大師・最澄の
「己を忘れて他人の利益のために尽くす」ということ言葉だった。
これを実行しているのがボランティアだという。

青空説法で寂聴さんは陸前高田市でボランティアで活動する
若者たちと出会ったエピソードを語っていられた。
今回の大震災では多くの若者たちが被災地でボランティア活動
をしている。こうした姿から人は生来、人を助けるという遺伝子を
持っていると痛感した。よく「今どきの若者は・・・」
と嘆く中高年もいるが、若者たちにしっかりと他人を思いやる
「忘己利他」があるのだと心強い思いがしている。

第２次世界大戦後の経済成長の原動力となった経済至上主義。
これは経済成長こそすべてという価値観であり、必然的に
会社人間が励行、優遇された。会社で出世してお金をたくさん稼ぎ、
家族を幸せにする。それが今の若者たちの親世代のおおかたの
価値観だった。

ところがそれを見て育った若者たちは経済成長だけを追い求める
ことの無意味さや日本経済の厳しい現状を理解することで、
親世代と考え方が変わってきた。

これまでの経済活動一辺倒の価値観から少しずつ他者のために
自分ができる範囲で何かをしようという「忘己利他」の精神が芽生え、
仕事一筋より仲間と助け合って生きていくことの大切さに気付いた。
「『もうこりた』を『もう懲りた』にしちゃだめよ」。
青空説法のあとに広がる笑顔と涙に、寂聴さんの底知れぬ魅力を感じた。

（Ｍ.Ｎ）




      
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   <title>NHK大河ドラマ</title>
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   <published>2011-12-16T01:40:04Z</published>
   <updated>2011-12-16T01:43:28Z</updated>
   
   <summary>来年のNHK大河ドラマは「平清盛」という。書店に清盛の 関係本が多数並んでいる。...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.jecto.co.jp/blog/">
      来年のNHK大河ドラマは「平清盛」という。書店に清盛の
関係本が多数並んでいる。武家の栄枯盛衰の物語はいつの世にも
人気のようで過去にも「源義経」「新・平家物語」「草燃える」
「義経」が放映された。

今回の清盛役はむつ市出身の松山ケンイチさん。活躍目覚しい
人気俳優だが、大河ドラマの主役なら俳優として大出世だろう。
来年こそじっくり見ようと思う。

清盛の時代と言えば、東北地方は藤原三代で最も栄えた秀衛の時代に
あたる。都では武家が台頭し、源氏と平氏が激しく対抗していた。
当時、平泉の軍勢は、約１７万。馬産地である奥州の動向を
源氏も平氏も注視していた。

だが、秀衛は東北の独立を守るため、兵は鍛えたが、中立の立場で動かず、
北方の王者として君臨した。清盛が太政大臣になってすぐ、秀衛は
鎮守府（ちんじゅふ）将軍に任ぜられるが、欧州勢を恐れた清盛の推薦
とされる。清盛死後に陸奥守（むつのかみ）に出世するが、清盛の遺言
だったようだ。

ちなみに奥州の奥、こちら糠部（ぬかのぶ）の地は、藤原氏の勢力下
にはあったが、ある程度の独立性を保っていたらしい。源頼朝の
奥州平定までの間、しばらくは平和を享受していたようだ。

(M.N)



      
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   <title>恐怖</title>
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   <published>2011-12-12T23:06:22Z</published>
   <updated>2011-12-12T23:10:32Z</updated>
   
   <summary>ブリヂストン美術館で野見山暁冶（ぎょうじ）展を見てきた。 野見山さんはもうすぐ9...</summary>
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      <category term="Ｍ．Ｎ氏の岡目八目" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.jecto.co.jp/blog/">
      ブリヂストン美術館で野見山暁冶（ぎょうじ）展を見てきた。
野見山さんはもうすぐ91歳。鮮やかな色彩と自由奔放な筆遣いで、
自然の奥に潜む本質を描き出す推象画で知られる画家だ。

長野の無言館に展示されている戦没画学生の作品収集に
最初に取り組んだ人でもある。１０代の作品から最新作まで紹介する
今回の回顧展には、特別出品として「ある歳月」と題する
巨大な作品が展示されていた。

今年６月に東日本大震災の被害地を訪れ、そのときのスケッチを
もとに描いたという作品だ。最近エッセー集「異郷の陽だまり」
によると、テレビで被災地の惨状を見ているうちに
「その中に立ちたい」と唐突に思ったそうだ。

「すべての景色はうつろうものだ。魔性を孕（はら）んいる
ものは美しい」といった自然観を持つ野見山さん。だが、
原発事故で人が消えた集落の静けさには恐怖を感じてこうつづる。

「人間はもう取り返しのつかないことに手を染めたのだという
思いがつのる。・・・さほど遠くない将来、地球は壊されてしまうと、
殆ど確信に近い恐怖をぼくは抱いている」。

作品「ある歳月」には、すさまじい勢いで押し寄せる
津波のような、ささくれた線も見て取れた。荒々しさの中の
不思議な静けさは何かへの祈りなのだろうか。福島で
野見山さんが抱いた地球が壊される恐怖」を現実のものには
したくないとつくづく願い祈った。

（M.N）


      
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   <title>庶民の願う平和</title>
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   <published>2011-12-10T04:55:48Z</published>
   <updated>2011-12-10T04:58:25Z</updated>
   
   <summary>NHK大河ドラマ「江～姫たちの戦国」が終わった。 戦国時代を生きた名だたる武将や...</summary>
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      NHK大河ドラマ「江～姫たちの戦国」が終わった。
戦国時代を生きた名だたる武将や姫が「太平の世」を願い、
幾多の犠牲の末に徳川が天下を始める物語になっていた。

絶対的権力を持つことで逆らうものを出さないという
「太平の世」を目指して戦わなければならない悲しさ。
「太平の世」とは庶民の願う平和と同じなのだろうか、
と思いながら見ていた。

12月8日、真珠湾攻撃から70年を迎えた。映画「聨合艦隊
司令長官山本五十六」が今月公開となる。山本五十六に対する
評価はさまざまだが、日独伊三国軍事同盟や日米開戦に反対し、
日米開戦になると早期和平の作戦を立てたとされる。
なぜ真珠湾攻撃で自ら開戦の火ぶたを切ったのか。
映画の公式サイトを見ると、その謎を解き明かすとある。

欧米諸国の植民地支配から解放し、日本を盟主とする
共存共栄の新たな秩序をつくるという大義名分「大東亜共栄圏」
で突き進んだ戦争が、庶民の願う平和と同じであろうはずは
なかった。戦国時代などの歴史から学ぶことは戦術ではなく、
争いを起こさないための方策であるべきだった。

同サイトでは、不況、雇用不安、所得格差、次々と交代する
総理大臣など、昭和初期から戦争が始まるまでの十数年と
現在の状況をダブらせていた。政権交代で諸問題が、解決するか
のような幼想は去った。
権力争いではない解決策を講じなければならないと
歴史は語っている。

（M.N）



      
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   <title>落語を愛した人</title>
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   <published>2011-12-06T00:04:10Z</published>
   <updated>2011-12-06T00:07:41Z</updated>
   
   <summary>古典落語の名手、鬼才、超のつく毒舌家、反逆児・・・ この人ほど多彩な才能にあふれ...</summary>
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      古典落語の名手、鬼才、超のつく毒舌家、反逆児・・・
この人ほど多彩な才能にあふれ、同時に「破天荒」という
言葉が似合う芸人もいまい。落語家の立川談志師匠が
75歳で亡くなった。

45年前に始まり、いまだに人気のテレビ番組「笑点」の
初代司会者。大喜利で、答えの面白さによって座布団が
もらえたり、取られたりする仕掛けを考案したという。
畳を積み上げた上に座る牢（ろう）名主にヒントを得た
というから、才気が知られる。

若いころから落語のうまさに定評があり、将来を
嘱望されていた。が、その後は参院議員に当選したものの
&quot;放言&quot;を連発したり、真打ち制度などをめぐり落語協会と
対立して脱会したり。人生の軌跡は波乱に富んだ。

高座から居眠りしている客を見つけ、「やる気がなくなった」
と噺（はなし）を中断したのもこの人らしい。しかしこれは、
落語を深く愛すればこそ、食道がんを公表した後も、
高座に上がることにこだわり続けた。

晩年に語っていられる。「長生きをする人は暴飲暴食をしない。
それじゃ面白くない。生きてっるていうだけじゃ、おれはだめ」
「引き際、死にざまほど難しいことはない」。

先輩の六代目三遊亭円生、上野動物園のパンダが死んだのと
同じ日に亡くなった。それで翌日の新聞記事の扱いが小さくなった。
「どんな死に方を望むか」と聞かれた談誌師匠、「そんな日は
避けよう」。最後まで才気を振りまいて、旅立たれた。

（M.N）


　

      
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   <title>稀勢の里大関昇進</title>
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   <published>2011-12-02T08:02:23Z</published>
   <updated>2011-12-02T08:05:43Z</updated>
   
   <summary>稀勢の里が大関に昇進した。技巧や派手さは薄いが、 力と気迫で正面から全力でぶつか...</summary>
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      稀勢の里が大関に昇進した。技巧や派手さは薄いが、
力と気迫で正面から全力でぶつかり一歩も引かない相撲は、
師匠の先代鳴戸親方（元横綱隆の里）に似ている。

早くから大関候補と言われた稀勢の里は今場所、
師匠の急死という悲しみの中での土俵となった。
ここ数年は一進一退の星勘定が多かったが、昨年の九州場所で
白鵬の連勝を６３で止めた実力は十分。今場所も
正々堂々とした取り口で、審判員らの高い評価を得た。

先代鳴戸親方は現役時代、糖尿病を患いながらも辛抱と
精進を重ねて横綱に登りつめた。猛稽古で肩に隆起するように
ついた筋肉と、腰は高いが怪力で相手を投げ飛ばす相撲を忘れない。
引退後は弟子の指導に熱心で、土俵外でも「人間の幅を広げろ」と、
読書や芸術鑑賞を勧めたという。

稀勢の里はインタビューで「親方に指導してもらったことを思い出し、
しっかりと相撲をとった」「慢心しないでもっともっと上を目指す」
と述べた。悲しみを乗り越え、亡き師匠への恩返しの報告と決意表明
となった。

日本力士の低迷に合わせるように、相撲人気が下降した。
そうした中、琴奨菊に続き、二場所連続で日本人大関の誕生という
朗報だった。存亡がかかった土俵際の今こそ、日本人力士の再起が
欠かせない。稀勢の里、琴奨菊が新たな時代を切り開くことを願いたい。

(M.N)


      
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   <title>三現主義</title>
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   <published>2011-11-29T02:59:35Z</published>
   <updated>2011-11-29T03:02:13Z</updated>
   
   <summary>日本の経済成長を支えたのは「三現主義」だといわれる。 問題解決には机上の論理でな...</summary>
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      日本の経済成長を支えたのは「三現主義」だといわれる。
問題解決には机上の論理でなく「現場に行く」「現場を知る」
「現場をとらえる」ことが重要という教えだ。

それを象徴する人といえば、伝説となった二人の創業者だろう。
ホンダの本田宗一郎さんと、松下電器（現パナソニック）の
松下幸之助さんで、両氏の信奉者は今も多い。

本田さんは、F1レースでエンジンが故障した時に、
言い訳する設計者に「実際に経験もせんで、偉そうなことを言うな」
と一喝し、自分で修理したという。

鍛冶屋の息子で、根っからの技術者だった本田さんらしい
エピソードだ。さらに現場にこだわった人ならではの名言も残した。
「最初に失敗したやつが一番偉い」。何よりチャレンジ精神を称揚した。

もう一人の松下さん。ある会社社長が「知恵あるものは知恵を出せ。
無き者は汗を出せ。それもできない者は去れ。と訓辞したのを聞き
「あかんな、つぶれる」と言ったという。

「本当は、まず汗を出せ。汗の中から知恵を出せ。それが
できない者は去れ。。こう言わなあかん。松下さんの予想は的中した。
（斉藤孝著「説教名人」）

確かに判断に迷うとき、あれこれ頭で考える場面はあるが、
最終的には「現場」「現物」「現実」を見ることが肝心。
「三現主義」だ。課題が山積する日本の政治家や経営者には、
ぜひかみしめて欲しい言葉である。

（Ｍ.Ｎ）
      
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