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      <title>武蔵小杉や武蔵中原など川崎市中原区・高津区の賃貸物件、マンスリーマンションはジェクト</title>
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      <language>ja</language>
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         <title>卒業式</title>
         <description>３月は卒業式の季節です。
かっては「仰げば尊し」や「蛍の光」が
校舎から流れてきた。
郷愁を誘うメロディが耳に残る。時代とともに
卒業式で歌われる曲は様変わりしている。
　
２００９年「卒業ソングランキング」（ヤフー）によると
１位は「手紙～拝啓十五の君へ～」（アンジェラ・アキ）
２位が「３月９日」（レミオロメン）
３位「旅立ちの日に」（トワ・エ・モアほか）。
「仰げば尊し」は４位。「蛍の光」は５位だそうだ。
 
いわゆる「卒業ソング」をたどってみると
「卒業写真」（荒井由美）、「卒業｝（斉藤由貴）
テレビドラマ主題歌の「贈る言葉」（海援隊）
「巣立ちの歌」（ひばり児童合唱団）などだ。
 
今年はどんな曲が歌われるだろう。娘に聞いてみたら、
[SAKURA」（いきものがたり）や「涙空」（GReeeeN),「道」(EXILE)
などが候補らしいと話してくれた。
おじさん世代には、なじみが薄く
卒業式の感動を共有できないのが寂しい。
 
別れはつらい。涙が切ない。
しかし、春の日差しが一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。
向こうには新たな出会いが待っている。

（M.N）</description>
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         <pubDate>Wed, 10 Mar 2010 18:21:57 +0900</pubDate>
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         <title>橋本聖子団長</title>
         <description>さすが「五輪の申し子」というべきだろうか。
１７日間の戦いの余熱があるバンクーバー冬季五輪で
日本選手団長を務めた橋本聖子さんのことだ。
冬と夏合わせて７回出場した実績はもとより
団長としての存在感に敬服した。
 
最も印象的だったのは、男子スノーボードの
国母和宏選手の服装問題での対応だった。
出場辞退を申し入れた競技団体を制し
「スタートラインに立たないで終わるのは逆に無責任。
私が責任を負う」と出場させた　”大岡裁き”。
競技を見守った後、国母選手に駆け寄って握手をした姿に
リーダーとしての器の大きさが伝わってきた。
 
女子モーグルで４位に終わり「なんで一段一段なんだろう」の
名言を残した上村愛子選手には
「４年ごとに積み上げた努力はメダルに値する」と
暖かいコメントを送った。
 
ドイツとの決勝の前に「死ぬ気で行け」とゲキを飛ばした
スケート女子団体追い抜きでは、「でも死ねないから・・・」と
付け加えたという。緊張感ある場面でのユーモアに
こちらも顔がほころんだ。
 
上に立つ人の度量に首をかしげることが多い昨今
努力と実績に裏打ちされた彼女の言葉や対応に
説得力と指導力が感じる。
 
帰国後「競技力向上には、国を挙げた強化や環境整備が必要」と
強調されている。今後は「議員力」で発揮されることを願い
応援したいとつくづく思う。　

（M.N）</description>
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         <pubDate>Sun, 07 Mar 2010 17:39:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>スポーツ界に不況の風</title>
         <description>何と太っ腹な方か。冬季五輪スピードスケートで
銀メダルを獲得した長島圭一郎選手に１千万円
銅の加藤条治選手に６００万円。
所属先の親会社の永守重信日本電産社長が
ビッグな奨励金を贈ることにした。

それぞれ係長と主任への”２階級特進”も約束し
「金メダル２回で社長だぞ」とまでオクターブが上がって
両選手は困惑ぎみだった。何はともあれ
不景気続きの昨今、こんな威勢のいい話題は久しぶりだ。

所属先の前身、三協精機は長野五輪金メダリストの
清水宏保さんら数多くの名選手を輩出した。
廃部も検討されたが「名門の名を消してはならぬ」と
永守社長が決断し、私費も投じて練習環境を充実された。

スポーツ界には長引く不況の寒風が吹きつけている。
ショートトラックの代表選手らは、五輪に向けて
練習場を確保するため日本各地を転々としたそうだ。
ソウル近郊に通年で練習できる室内リンクを持つ
韓国との落差は、あまりに大きい。

「最も金に近い銀」に輝いたスピードスケート女子団体追い抜きの
田畑真紀、穂積雅子両選手は富山市の小さな地質調査会社に所属する。
カーリングの”絶叫”解説で注目された小林宏さんは
自費で山梨県に練習場をつくり、普及に努めていられる。

企業や個人の孤軍奮闘が頼りでは、先行き心細い。
国費を投入すれば万事解決するわけではないが
国のスポーツへの理解と後押しが弱いのが、なんとも歯がゆい。

（M.N）

 

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         <pubDate>Sun, 07 Mar 2010 17:34:45 +0900</pubDate>
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         <title>バンクーバー冬季五輪閉幕</title>
         <description>熱戦の余韻を残しながら
バンクーバー冬季五輪が幕を閉じた。
日本は銀メダル3個、銅メダル2個を獲得し
橋本聖子選手団長は「前回をメダル数で4個上回った」
と総括した。
 
男子スピードスケートの長島圭一郎、加藤条治両選手は
「雪辱戦」の勝利者だった。靴１足分ほど及ばず2位になった
スピードスケート女子の団体追い抜きなど、惜しまれる敗戦はあった。
しかし0・02秒の差はスポーツの世界では絶対である。
 
フィギュアスケート女子は、やはり氷上の華だった。
浅田真央選手は五輪史上初めて、3回転半ジャンプを2度決めた。
頂点には立てず氷上は硬かったが、今回はほぼ完璧に演じた
金妍児（キム・ヨナ）選手を褒めるしかない、
華麗で完成度の高い内容を完璧に演じきった。
とはいえ６選手全員が入賞を果たした
フィギュアスケート陣の奮闘は見事だった。
特に大けがで１シーズンを棒に振りながら
銅メダルを手にした高橋大輔選手の頑張りには胸を打たれた。
 
あと一歩で表彰台を逃がし「何で一段一段ずつなんだろう」
と泣いた上村愛子選手（スキー女子モーグル）の
切ない言葉も忘れられない。
努力が必ずしも報われないのもスポーツである。
 
カーリングは一投で局面が変わり、テレビにくぎ付けにされた。
青森チームは一次リーグで敗退。スキップ（主将）の目黒萌絵選手は
「経験不足もある。力不足を感じた」。平均年齢４０歳を越すチームもあった。
技術と精神力、結束力を磨けば、きっと次はより上を目指せると思う。
　
もう１人記憶に残るスケーターがいた。カナダのロッシェット選手だ。
会場で応援してくれるはずの母親を競技２日前に亡くした。
平常心で臨むのは難しかったろうに、開催国の代表として
滑りきり銅メダルを獲得した。心から拍手を送りたい。

(M.N)

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         <pubDate>Thu, 04 Mar 2010 18:41:20 +0900</pubDate>
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         <title>花粉症</title>
         <description>やっと布団から出るのが楽にんったと思ったら
まぶたが何だかおかしい。おまけに鼻も詰まっている。
さては、と開いた朝刊の花粉予報に「やや多い」とあった。
気の重い季節が巡ってきた。

今年のスギ花粉の飛散量は、例年より少なめと予測されている。
夏に雨が多く、日照不足で花芽の成長が抑えられたためらしい。
つらい症状に悩む人には朗報である。

日本で初めてスギ花粉症が報告されたのは1964年という。
東京オリンピックの年だ。それから経済成長のカーブを追うように
患者の数も右肩上がりに増え続ける。
今や4人に1人を上回った、との調査もある。

ただスギのせいだけでなく、住まいや食べ物の欧米化がある。
大気汚染もある。人がアレルギーを起こしやすくなった。
温暖化によっても花粉の量は増える。
経済活動との浅からぬ因縁が見えてくる。

全国的に大量の花粉が飛んだ5年前、そのあおりで
実質GDPが6800億円あまり減った、という試算がある。
対策グッズの特需があったものの、外出や旅行の手控えが響いたらしい。
逆に飛散が少なければ、景気にプラス。
長患いの床から起き上がろうとしている日本経済にとっても
花粉予報は人ごとではないと見るが。　

（Ｍ.Ｎ）



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         <pubDate>Sun, 28 Feb 2010 17:47:33 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>カーリング</title>
         <description>ヤー！イェップ！」「ウォー！ウォー！」。
氷のレーンに大きな声が飛び交う。
バンクバー冬季五輪のカーリング女子で
日本代表の「チーム青森」が奮闘している。
一発逆転の絶妙ショットが次々と放たれるから、目が離せない。

漬物石のようなストーンを40メートル先の
約直径3・7メートルの円中心目がけ滑らせる。
相手の石を円からはじき出したり、防御用に手前に置いたり。
「氷上のチェス」と呼ばれるが、おはじきやビー玉遊びを連想する。
15世紀にスコットランドで生まれたらしい。

冒頭の「ヤー」は「掃け」。「ウォー」は「掃くな」の合図という。
この掃き具合で、石の停止位置が変わるから必死なのだ。
カーリングでは技だけでなく、対戦相手を思いやることが大切とされ
その「カーリング精神」は選手宣言の決まり文句にもなっている。
相手のミスを喜ぶなどもってのほかだ。

競技の母国、対英国選で日本は好ショットを連発した。
最終エンドのプレーを放棄して英国は日本に握手を求めた。
潔いギブアップぶりは、さわやかで品格すら漂っていた。

（Ｍ.Ｎ）


 

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         <pubDate>Thu, 25 Feb 2010 15:14:38 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>転落事故</title>
         <description>何年か前、深夜の新幹線ホーム。
前を会社員ふうの男性が千鳥足で歩いていた。
ふらっとホームから落ちそうになったが
運よく持ち直し、事なしにすんだ。
肝を冷やしたのはこちらの方だが
もし転落していたら自分に何ができたろう。

先日、JR中央線高円寺駅ホーム。
酒に酔った女性が線路に転落。たまたまそばにいた
若き男性が線路に下り、着を失っていた女性を
レールの間に寝かせた直後、電車が通過。
男性の機転とわずか20センチのすき間のおかげで
女性は転落時の軽傷ですんだ。

二人とも無事だったが、一つ間違えば逆もあり得た。
レール上にあった女性の手足を
レールの間にそろえて安全を確保した時
電車は目前に迫っており、男性は機敏に
ホーム下の待避所に逃げた。

JR東日本の安全体制や駅員が
どう対応したかが気になったが、表彰は翌日で手早かった。
男性は、「考えて行動したのではなく、とっさに体が動いた。
自宅に帰って冷静になり、あらためて恐怖感がよみがえってきた」
と話した。

誰にでも起こりうるケースだが、誰もができることではない。
それなのにどこにでもいる普通の市民という印象で
テレビに映った笑顔もさわやかだった。

人知れず人を救ったり、道に迷い
何かにつまづいて困っている人にさっと手を差し伸べる人。
そんな心温まる人間になるよう、遠い昔の小中学校時代の先生
亡き父は教えてくれたのだが。反省している。

(M.N)


　　
　 
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Ｍ．Ｎ氏の岡目八目</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 22 Feb 2010 19:44:09 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>立松和平さん</title>
         <description>昭和期に行われた法隆寺大修理の際の話だが
屋根を支えたいた建材などは曲がって朽ちたように見えたが
数日で元の形に戻り、カンナで削ると品の良い香りがしたそうだ。　

宮大工の棟梁・故西岡常一さんはヒノキの命について語っていた。
まな弟子の小川三夫さんは思ったそうだ。
約400年後に来る次の大修理では
「改修に使えるヒノキの大木が今のままでは国内にない」と。

法隆寺では正月に修生会（しゅしょえ）が行われる。
毎年参加する一人に作家の立松和平さんがいた。
小川さんと知り合って話を聞いた立松さんは
ヒノキの苗木を植えて不抜の森を作り
時代を超えて育ててもらおうと思い立たれた。
栃木県出身の立松さんは、1996年から足尾銅山跡で
地元の人と一緒にサクラなどを植樹してこられた。
銅山跡には今、緑が戻りつつあると聞く。

林野庁が動いて国有林を使った壮大な事業が
2002年に京都の鞍馬山でスタートした。
「古事の森」と名づけられた。法隆寺だけでなく
各地の伝統木造建築の改修で使うことを想定しているそうだ。

足尾での目標100万本を植えるには100年以上かかる。
そのころ「古事の森」ではヒノキが幹の太さを増しているだろう。
「木の景色を、木の文化を、みんな守って生きたいね」。
素朴な語り口を思い出す。先日62歳で亡くなられた。

（Ｍ.Ｎ）

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         <link>http://www.jecto.co.jp/blog/2010/02/post_275.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Ｍ．Ｎ氏の岡目八目</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 22 Feb 2010 15:41:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>バンクーバー冬季五輪</title>
         <description>　身近に置いたり、身につけていたりすると、幸運をもたらすとされるマスコット。いまでは大きなイベントにはつきもののようになったから、記憶にはなかなか残らない。

　五輪では東京や札幌のときはまだなかったように思うが、長野はフクロウの子どもをイメージした「スノーレッツ」だった。国内はまだしも外国での開催となると、五輪マスコットに関心のある人らを除けばまず覚えていないだろう。

　バンクーバー冬季五輪。公式マスコットは３体あるそうだ。茶色のあごひげを持つ人間に似た動物の「クワッチ」をはじめ、いずれもカナダ先住民の神話や伝説に基づくという。

　カナダは人口の８割近くを英仏など欧州系が占めるが、先住民のほか多くのアジア系も暮らす多民族国家。むろん、先住民は長く差別に苦しんできたし、言語や文化をめぐって根深い対立も続いてはいる。それでも看板の「多文化主義」は色あせていない。

　史上初となる屋内の開会式だったが、そうした文化の多様性をアピールされた。考えてみれば、五輪は民族や文化などの違いを超えて世界の競技者が集う祭典。選手村などはちょっとした多文化共生の場といってよい。

日本人選手の活躍を期待するとともに、「よりよき、より平和な世界の建設への寄与」という五輪憲章の精神がバンクーバーの地でさらに深まってほしい。

　友人のお嬢さんがカナダに永住されているが、久しぶりに喜ばしい、嬉しい毎日を迎えられると連絡があったそうだ。五輪中に得た多文化についてのお話を機会があったら伺いたいと願っている。

（Ｍ・Ｎ）
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Ｍ．Ｎ氏の岡目八目</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 18 Feb 2010 16:04:10 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>予算委員会</title>
         <description>やじを飛ばす方も、むきになって言い返すほうも
どっちもどっちじゃないかと思う。
先日、参院予算委員会で答弁中の大臣が
やじを飛ばした議員に向かって「うるさい」と発言し
問題になった。

意見の異なる相手でも、きちんと話を聞いた上で
反論するのが討論の基本。
テレビの討論番組でも良く見かけるが
相手の話をろくすっぽ聞かず、言い負かそう
やり込めようとするだけの姿は見苦しい。

地方議会では、野次が飛び交う場面は少ない。
議員と執行部が質問と答弁の内容を
事前に打ち合わせている例が多いことが
関係しているのかもしれない。

それはそれで、議会をシナリオ通りの
面白みのないものにして、
市民の政治離れにつながる問題があるのだが・・・。　
ぜひ、国会の場で、本当の意味で
活発な討論の手本を見せてほしい。　

（Ｍ.Ｎ）
 
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         <link>http://www.jecto.co.jp/blog/2010/02/post_273.html</link>
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         <pubDate>Fri, 12 Feb 2010 18:02:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>土俵外の出来事</title>
         <description>土俵外の出来事で今週は２回も驚かされた。
貴乃花親方が日本相撲協会の理事選で予想を覆して当選
その３日後の立春の日に
今度は横綱・朝青龍関が引退を表明した。
 
引き金になったのは、初場所中に泥酔し
知人に暴行したとされる問題だ。
相次ぐ不祥事に相撲協会もようやく動いた。
土俵際に追い詰められた横綱は
持ち味の粘り腰を発揮することなく相撲人生に終止符を打った。
 
「悔いは一切ない」「けじめをつけた」。会見のときに
笑顔を見せたのは意地かもしれない。だが無念さは隠せない。
モンゴルの草原を駆け回っていた少年が来日して１３年
「一番の思い出は」と聞かれると、切れ目の目に涙が光った。
 
言動の数々に品格を問う声はあった。
だがその強さは別格だった。
ヒール（悪役）としてもファンを魅了したが
暴行が事実なら品格以前の問題である。
歴代３位、２５回の幕内優勝に自分で泥を塗り
ファンも裏切ったことになる。
 
印象的だったのは、ライバルの引退を語るときの白鵬関の涙だ。
「やり残したことがあるんじゃないか」と気遣ったのは
言葉や習慣の違いに戸惑い
苦労を重ねた故国の仲間だからだろうか。
 
朝青龍関の退場は角界にとって大きな痛手である。
ファンの相撲離れは避けられない。
横綱人気に頼り、甘えを増長させた相撲協会は
土俵の中に注目が集まるように変革してほしい。

(M.N)

 
　</description>
         <link>http://www.jecto.co.jp/blog/2010/02/post_272.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Ｍ．Ｎ氏の岡目八目</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 06 Feb 2010 18:55:31 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>国会審議</title>
         <description>２０１０年度予算案に対する国会審議が始まった。
命を守るために与野党ともに身のある論議を展開し
国民生活、景気回復につながる施策に結び付くような
予算措置をお願いしたい。その実現こそが
施政方針に揚げた鳩山首相の理念だろう。
 
０９年度補正予算が成立し、川崎市にも予算措置が行われたが
審議過程は褒められるだろうか、考えさせられる。
報道には、「国会崩壊」「学級崩壊」の見出しが躍り
尋常ではなかった様子が 伝わった。
 
国会中継をテレビ放映で見ていて
「政権交代してもヤジは変わらないなあ」と感じた。
いくら予算委員長が注意喚起したところで、収まらない。
閣僚がヤジられるのは常としても、閣僚席からヤジが飛んだり
「うるさい」「くだらん質問には答えられない」では節度もなく
国民の手本にもならない。
　
守るのは「生まれる」「育つ」「働く」「世界」「地球」命で
インドのマハトマ・ガンジーの「七つの社会的大罪」を問い
行動することが必要だという。
　
理念なき政治は失格とはいえ、具体性を欠く政策では
国民の理解は得られない。今日は節分、「鬼は外、福は内」と
言語明瞭で分かりやすい国民の命を守る豆を
国会からまいてほしいと願いたい。
　
わが家でも、今では今年こそ幸多き年にと願いを込めて
災いをもたらすさまざまな”鬼”を追い払う年中行事としてすっかり定着した。
長引く不況に閉塞感、政治とカネ、年金、雇用問題など、あちこちで
”鬼”が暴れ回っているだけに今年は「鬼は外」の大声に合せて
力いっぱい、孫と一緒に豆をまくことにしよう。
「福は内」の願いが届くことを期待しつつ。

（Ｍ.Ｎ）</description>
         <link>http://www.jecto.co.jp/blog/2010/02/post_271.html</link>
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         <pubDate>Fri, 05 Feb 2010 10:40:59 +0900</pubDate>
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         <title>経済大国</title>
         <description>日本に世界第二の経済大国という看板を
そろそろ下ろす時がやってきた。
後ろから猛追してきた中国が真後ろに迫り
間もなく抜き去られそうだからである。
その悔しさを日本財界は噛みしめながら
次の手を模索しているようだ。
 
１９９１年から始まったといわれる「失われた十年」後も
経済は一時的回復を見せたものの、快癒にはほど遠く
いまなお低迷が続いている状況は
「失われた二十年」への延長を思わせる。
 
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と持ち上げられた
八〇年代の栄光がまるで嘘だったかのように暗転、凋落した
九十年代の悪夢と、訣別し、夢よもう一度と
不死鳥のように蘇る青写真を描いた日本経済再生計画は
つまるところ政治の無策によって頓挫し
日本経済は不況の長いトンネルから抜け出せないでいる。
そこに追い討ちをかけたリーマン・ショックで
自信喪失状態なのが今の日本だ。
 
「世界の工場」として下請け加工と輸出の両面で経済力を付け
なお８％台の成長率を維持している中国が
GDPで日本を追い抜くのはもはや時間の問題となり
日本はいやでも脚力の衰えを感じざるを得ない状況だ。
だが、日本の技術力は決して失われたわけではない。
 
大横綱双葉山は中国の古典「荘子」にある「木鶏」を目指した。
まるで木で作ったかのように見える闘鶏だ。
相手の姿を見ても興奮したり、虚勢を張ったりせず
何事にも動じることがない。
そんな木鶏の境地は確かに理想の姿ではある。
 
国や企業などにとっても同じだろう。とはいえ
どういう事態に対しても不動の心で当たるのはかなり難しい。
格下に見ていた相手が急激に力をつけてきた場合には
焦りやねたみなどから要らぬ敵意をかき立ててしまうことがある。
「不動心」だ。

（Ｍ.Ｎ）
 
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Ｍ．Ｎ氏の岡目八目</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 03 Feb 2010 14:55:04 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>西半球の小国ハイチ</title>
         <description>カリブ海の小国ハイチの大地震から半月たったが
目を覆いたくなるような惨状が日ごとに明るみになっている。
 
死者は２０万人に達するとも伝えられる。
しかし正確な数は誰にもわからないといわれるところに
想像を絶する破壊力とこの国の実情がのぞく。
その一方で破滅的な被害を受けた首都ポルトープランスでは
がれきの中から奇跡の救出が相次いだ。
 
地震発生から７２時間を過ぎると
生存率は急激に低下するとされるが
８日ぶりに５歳男児、１１歳と１４歳の女児が助け出されたほか
１１日ぶりに救出された２０代の男性もいた。
暑い地域であることや建物の構造が奇跡をもたらした
と専門家はみる。
　　
　「米国の裏庭」と呼ばれるハイチには
その米国を始め世界各国の救助隊がいち早く駆けつけた。
日本政府も国連平和維持活動(PKO）に
３００人規模の自衛隊の派遣を決めた。必要なことだ。
 
医師や看護師から成る国際緊急援助隊も先週、現地入りした。
西半球で感染症の宝庫の代名詞でもあるハイチを最も知り
ハイチで医療活動に従事された長崎大熱帯医学研究所の
山本太郎教授も加わっていられるそうだ。
一人でも多くの命を救ってほしいと祈願する。

（Ｍ.Ｎ）
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         <link>http://www.jecto.co.jp/blog/2010/01/post_269.html</link>
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         <pubDate>Sat, 30 Jan 2010 09:18:56 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>日比谷公園</title>
         <description>皇居の南側にある日比谷公園は
１９０３（明治３６）年に開園した日本初の洋風近代式公園。
噴水や木立の中を巡る小道、音楽堂・・・。
いろいろなイベントも開かれている。
 
１００年を超える年月を重ねた公園は、歴史の舞台ともなってきた。
１９０５（明治３８）年には日露戦争後の
ポーツマス条約に反対する集会が開かれ
暴動へとつながった日比谷焼き打ち事件が起きた。
 
公園南東にある日比谷公会堂。
ここでは日米安全保障条約の改定に反対する
安保闘争があった１９６０（昭和３５）年１０月
社会党の浅沼稲次郎委員長が立会演説会中
右翼少年に刺殺された。
 
都心の憩いの場として親しまれながら
重い歴史を見てきた日比谷公園だ。
日比谷公園には約一年前、「年越し派遣村」ができた。
格差社会を浮き彫りにした村は
日本社会が抱える問題の象徴ともなり
昨年の政権交代への流れにもつながった。
 
通常国会も始まったが、新政権には
”戦う”べき相手を見誤ることのない実のある論議を求めたい。
散歩しながら、数々の歴史を振り返ってみた。

（Ｍ.Ｎ）</description>
         <link>http://www.jecto.co.jp/blog/2010/01/post_268.html</link>
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         <pubDate>Thu, 28 Jan 2010 09:09:08 +0900</pubDate>
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