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大箸和夫さんは20年くらい前に当社を退職され
その後2,3度お会いしたきりで、季節の挨拶をはがきで
交わす程度のお付き合いが続いていました。
4月に届いたはがきには、昨年入院して体調を崩してから
ご夫妻でシニアマンションに入居した旨が記されていました。
私はお元気なうちにどうしても一度お会いしたいと思い
税理士の布野先生と、先週大箸さんを浜松に訪ねました。

当社では早い時期から、会社向けの寮などの賃貸建物を
建てていましたが、それらを木造からRC造や鉄骨造に建て替え
賃貸収益が倍増した原動力は大箸さんの力によるものと言っても
過言ではありません。
明治生命を退職後、子会社の不動産会社ダイヤ住宅の
社長を務めた大箸さんは、顧問をしていた布野先生の紹介で
昭和60年に当社に入社し不動産部長、役員に就任しました。
大箸さんはダイヤ住宅をリタイアして故郷の浜松に戻り
父上がかつて町長をされていたのでその方向も考えていたところ
布野先生の強い勧めがあったので当社に入社することになった
ということを今回初めてお聞きしました。
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当時、多摩区菅の社有地の山林をいかに利用できるかに
社運がかかっており、入社後は取り付け道路の買収から始まり
周りの土地も含む計画について検討していた矢先に、川崎市の
保全緑地に指定され、市に買い上げられることになりました。
その資金で従来の木造をRC造に建て替え再契約してもらおうと
私は大箸さんの後について借主の企業を1社ずつ回りました。
「ある会社の好調な業績が新聞に出ていたのを見て、これは
いけるかもしれないと思った」交渉のきっかけについて
当時を思い出して、大箸さんはこのように語りました。

浜名湖畔に建つRC造7階建てのマンションはヨーロッパの
リゾートを思わせる雰囲気で、大正8年生まれの大箸さんは
日経新聞を読むことを未だ欠かさず、この訪問に備えて?
パソコンですでに私のブログをチェックされ、"地域に必要な
企業であり続ける"という会社理念も方向性が明確だ、と称賛。
「あのとき故郷に戻らないで布野先生の"馬には乗って
みるもの"という言葉に従って良かった。」
柔和な笑顔と経営を見通す確かなまなざしは全く変わる
ところがありませんでした。

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