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第148回芥川賞

「へやの中のへやのようなやわらかい檻(おり)とは何のことか
お分かりだろうか。答えは「蚊帳」。第148回芥川賞に決まった
黒田夏子さんの小説「abさんご」から引いた。75歳という
史上最年長での受賞が話題になったが、作品自体も
既成の価値観で固まっているこちらの頭を揺さぶった。
ひらがなを多用し、横書き。一つの文章が長く、正直読みづらい.
「小説」と書いたが「詩」と呼んだ方がふさわしいかもしれない。

作品から立ち上がるのは、濃密な「死」の気配だ。
全文が載った文芸春秋の3月号に、選考委員の作家小川洋子さんは
「この人は死者の国からやって来たに違いない」と書いていられる。
それでも、読後感は不思議と味わい深い。ひらがなを一つ一つ
目で追っていくと、言葉が持つ本来の意味を意識させられる。
一方で、少ない字数で瞬時に意味を伝えることができる漢字の
ありがたさを、あらためて思った。

定年後、小説を書き始める人が増えているという。自分を抑えて
働きづめに働いた後、自らを表現したいという思いが筆を執らせる
のだろう。人間や社会を見つめてきた人生のベテランたちが
思いがけない秀作を送り出すかもしれない。

小説だけではない。少子高齢化が進むなか、あらゆる局面で
高齢者の知恵と経験が求められよう。機械的に年齢で線を引き、
「ハイおしまい」という社会では味も素っ気もない。
「生きているうちに見つけてくださいまして、ほんとうに
ありがとうございました」。黒田さんの受賞の言葉である。すっきりした。

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