Home > M.N氏の岡目八目 > 揺れる聖火

揺れる聖火

チベット問題で注目を集めてきた北京五輪の聖火リレーが行われているが
長野市では、聖火を手に走るランナーの周りを
スポーツウエア姿の機動隊員が囲み、さらに両側を
百人規模の警察官が伴奏するという厳戒態勢のため
テレビの放映では、見ることができなかった。

八十人のランナーは妨害や沿道での小競り合いも見られたが
聖火リレーは無事に終わった。
警備の壁に囲まれた聖火は、見学者からあまりにも遠く
アスリートたちの複雑な笑顔ばかりが印象に残った。

何と言っても聖火は、歓迎の輪で幾重にも広がることによって
世界を結ぶシンボルとなる。
幾重な警戒の中、誰が何処をどのようにリレーするのか
見聞きできないようなありさまでは
聖火が何のために世界を巡るのか分からなくなる。
本来なら和やかに聖火がつながれていく中で
五輪のムードが高まるのだが、残念だった。

世界五輪大陸に、平和の祭典という五輪の意義を伝える
バトンとなるはずの聖火が各地の抗議行動にさらされ
北京五輪聖火リレーがおかしなことになっている。
平和と友好を象徴するはずが、逆に災いのもとになっている。

理想は理想として、五輪も政治とまったく無縁ではあり得ない。
今回の騒動はそんな現実をあらためて突きつけているのかもしれない。
モスクワ五輪、ロサンゼルス五輪と相次いだ東西両陣営のボイコット劇に
悲しみを覚えたことを思い出す。

日本が国際社会に戻ったのは
東京オリンピックが開かれた1964(昭和39)年だろう。
この年、東海道幹線が開通。「ひかり1号」が
東京ー新大阪間を4時間で走り抜け日本の力を世界に見せつけた。
OECD(経済協力開発機構)にも加盟でき
奇跡の復活を象徴する出来事が相次いだ。

ギリシャのオリンピアで採火された聖火が特別機で運ばれ
いくつかに分散された聖火は、日本の津々浦々をリレーされた。
トーチを持つ正走者は限られていたが
全国の中高生ら約10万人が随走者となったそうだ。
最終ランナー坂井選手が力強く美しい走法で
メーンスタジアム国立競技場のトラックを半周
聖火台へゆっくり駆け上がりトーチを高らかに上げた後、点火。
スタジアムは万雷の拍手。
名実ともに日本が国際社会に復帰した瞬間であった。

真近に迫った北京オリンピックも、かって日本がそうであったように
中国もこのスポーツの祭典に国の威信をかけて臨む。
何としても成功させ中国の力と発展を世界に示そうと必死なのだが
聖火リレーの混乱ぶりを見ていると
五輪本番は大丈夫なのかという不安が頭をよぎる。

中国内では、チベット自治区や
旗に描かれたヒマラヤのチョモランマも超えるようだ。
「大地の母」の名を持つ世界最高峰を行く聖火リレーは
整然として心穏やかであることを願う。
北京五輪のテーマは「一つの世界、一つの夢」なのだから。

(M・N)

Home > M.N氏の岡目八目 > 揺れる聖火

Search
Links

ページ上部へ戻る