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社長ブログ

  • お掃除の天使たち

    2019-01-30

    「新幹線 お掃除の天使たち」という遠藤功氏の
    著書でも取り上げられている「JR東日本テクノハート
    TESSEI」の実際を東京駅に行って体験してきました。




    まず私たちは同社おもてなし創造部の担当部長さんから
    お話を聞いたあと、東京駅ホーム下のスタッフ控室を見学。

    この会社は11あるJR東日本グループの清掃会社の
    一つで、1952年に鉄道整備という名で在来線の車両の
    清掃を行う会社として設立されました。



    それが現在は東北、上越、北陸、山形、秋田の5方面から
    東京駅に乗り入れるすべての新幹線車両や、新幹線駅構内
    などの清掃作業を専門に行っています。

    世界に広まるきっかけはアメリカCNNのニュースに
    「奇跡の7分間」という題で取り上げられたことで
    ハーバード大学のMBAの学習事例にも採用されたとか。



    清掃時間は、東京駅での折返し停車時間12分のうち
    乗客の乗降時間を差し引いたわずか7分間のみ。
    1チームは基本的に10両22人のスタッフです。







    ネガティブなイメージのある「掃除」を自分たちの
    「誇り」にするまでモチベーションを上げるために
    社員が提案した様々な改善、工夫が実行されています。



    感心したのは「エンジェルリポート」という仕組みで
    ちょっとしたエピソードを社員同士が褒めあう制度。
    褒められた人、褒めた人の両者が表彰されます。

    昨年は日本生産性本部主催の「日本サービス大賞」で
    国土交通大臣賞を受賞。当社でも「褒める文化」を築く
    試みを始めたばかりでとても素晴らしい目標が出来ました。


    テーマ名 講演・見学

    ページ作成日 2019-01-30

  • インド南端の旅 3

    2018-12-09

    翌朝、ハウスボートを降りた私たちは約50㎞北上し
    最後の宿泊地のコーチンへの途中、アラビア海の砂浜へ。

    波打ち際であるカップルに写真撮影を頼まれたことが
    きっかけで話をすると,私たちが3年前に行った
    チェンナイから新婚旅行で来た人たちでした。





    コーチンは今までの街と違って、独特の雰囲気があり
    ヨーロッパ風の建物が見られるのはその歴史によります。
    紀元前から交易の拠点として栄え,1503年にはポルトガルの
    植民地となり、その後1663年にはオランダ領に、1795年
    にはイギリス領と支配者は変遷します。





    私たちのホテルはその中心地だった「フォート・コーチン」の
    繁華な場所にあり、大きな邸宅をリノベーションしたようです。







    この日は夕刻、近くのシアターで伝統芸能「カターカリ」
    を鑑賞。顔を緑色に塗るのが特徴で、セリフは無く表情と
    身振り手振りで表現しますが、日本のお神楽を演ずる時に
    つける仮面、雅楽のリズムに共通点があるよう感じました。







    翌朝海辺に出てチャイニーズ・フィッシングを見ました。
    これは丸太に10m四方ほどの網をつけて、海に沈めて
    引き上げるという伝統の漁法で、私たちも参加しました!







    街にはオランダ人植民者の墓地や、その頃建てた邸宅が
    残っており、インド最古という聖フランシス教会にはヨーロッパ人で
    初めて海路でインドに来たヴァスコ・ダ・ガマの墓があります。











    サンタクルス聖堂は1506年に建築され、20世紀初頭に建て
    替えられたカトリック聖堂。ちょうど子供たちが外に出てきて
    私たちを見ると人懐っこく取り囲み質問を浴びせました。







    2度目のインド、インダス文明を持ち出すまでもなく、
    悠久の歴史と独特の文化を持つアジアの大国。
    経済も著しく発展し、この子供たちが成長して国を支える
    ようになる頃には、GDPもアメリカを上回るとか・・・。


    テーマ名 旅行記

    ページ作成日 2018-12-09

  • インド南端の旅 2

    2018-12-08

    3日目は午前中ホテルのプールサイドでのんびりした後
    国際空港のある州都のトリヴァンドラムへ向かいました。



    この町の象徴とも言えるパドマナーバスワーミ寺院は
    入れるのはヒンズー教徒だけで、私たちは建物の周囲のみ
    歩きました。ここは旧市街に位置し、寺院の周りは多くの
    地元の人たちで溢れ、外国人姿はあまりありません。







    ホテルに戻って夕食を取り、リーラ最後の夜を過ごして
    翌日はハウスボートを乗るためアレッピーに向かいました。

    インドは車は左側通行ですが日本人に運転は不可能です。
    何故ならよほど大きい街でないと交差点に信号がなく
    大きく反対車線にはみ出しての追い越しは日常茶飯事!





    ボート乗り場は、住宅街の細い道の奥にありました。
    客室は3つで部屋にはトイレ、シャワーがあり、お客は
    私たち4名。乗船スタッフの中にはコックさんもいて、
    出帆後、食堂でさっそく何品もの南インド料理を堪能。









    進行方向右手にはたくさんのハウスボートが停泊し
    幾つものボートとも行き交いました。2階建てのものも
    ありますが、大きさは大体同じくらいの木造船で
    この地域には1,000艘以上あるそうです。







    暫くすると岸辺の背景の風景が青々とした田んぼに変って
    きました。これだけ広い水田を日本で見た記憶がないほどです。
    調べるとインドは世界一のコメの輸出国とのこと。





    さらに進むと大きな湖に出ました。グーグルマップで見ると
    アラビア海に近く、昔海だったところが分離されてできた
    「潟湖」のようで、とても広大で琵琶湖くらいありそうです。





    夕刻近くボートは岸辺に横付けされ、スタッフは夕食の
    準備を始めました。私たちは陸に上がって日没が見える
    場所へ移動し、インドの日の入りを初めて眺めました。



     


    テーマ名 旅行記

    ページ作成日 2018-12-08