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長崎の鐘

多くの歌や詩を残したサトウハチロー氏の弟のあだ名は
チャカといったそうだ。
「永遠の不良少年」だった兄とは仲良しで
野球も一緒に始めた。
偶然、広島に行って被爆し亡くなった。

後にハチロー氏が作詞した藤山一郎の大ヒット曲「長崎の鐘」。
自らも被災しながら医師として被爆者救護に努められた
永井隆博士の同名の本がモデルだそうだ。
妻を失った博士の悲しみと平和への希求は
ハチロー氏の心情とも重なったはずだ。

本には顔をそむけたくなる生き地獄の描写も当然あるが
ハチロー氏が感じたのは温かさ。
活字の裏から博士の美しい心が
ほのぼのと立ち上ってくるからと詩にも記された。

永井隆博士は記念館もあり長崎で知らない人はいない。
「長崎の鐘」は当時ベストセラー。
無傷でがれきの底にあった浦上天主堂の鐘は最後に登場する。
事変以来、禁止されていた鐘が再び鳴り
永遠に平和の響きを伝えてと結んである。

放射線療法を研究した博士は原子力を手にした人類に対し
善用すれば飛躍的進歩、悪用すれば地球の破滅、
その鍵を握るのは人類自身と警告されている。

核持ち込みに関する日米両政府の密約文書も確かになり
武器輸出三原則見直し論もある。
「長崎の鐘」はいつになく
高く鳴り響いているように聞こえるのは私だけだろうか。

(M.N)

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