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2012年4月 Archive

懐かし野球

昔の名前で出ています。今シーズンの中日ドラゴンズの
監督、選手の顔ぶれを眺めながら、こんな言葉が浮かんできた。
高木守道・新監督以下中日のかっての監督、スター選手が
古巣に戻ってリーグ3連覇を狙う。天才勝負師ながら偏屈を通した
落合博満前監督を引き継いだ里帰り陣容が懐かしい野球を誘っている。

その懐かしい野球に円熟の味を添えるように山本昌弘投手が
最年長記録を塗り替えた。先日の阪神戦で先発勝利投手として
球界記録、勝利投手としてリーグ記録を最年長で更新した。

46歳の年齢を刻んだ超ベテランは「この年齢になると
何をやっても最年長」と記録の枕詞(まくらことば)に苦笑い。
測ったような制球力で新記録を築いた試合は完封に近い
8回無失点。9回を締めた抑えの岩瀬仁紀投手は37歳。
46歳から37歳の完封リレーも年齢絡みの記録になるかも
しれない。

年齢絡みと言えば監督に復帰した70歳の高木監督を、
同じ里帰り組の73歳の権藤博コーチが補佐し、後期高齢者の
仲間入りを控えた首脳陣が老竜を率いる。山崎武司43歳、川上憲伸
36歳の投打主力の出戻り組ももう一花咲かせようとする。

阪神の和田豊新監督は現役時代に軽快な守備で80年代後半の
ヤングタイガースの一角を担った。弱くても若虎ともてはやされた
時代である。負けても負けても明日があるとファンは自虚趣味に
寄りかかるように甲子園に通い詰めた。野球はアラフォーからの
老竜パワーに球春の六甲おろしが肌寒い。

新入社員頑張れ

 「就職したらトイレ掃除の担当を命じられてね」。知人の子息が新入社員時代
を振り返る。大学を卒業し、社会での活躍を自信満々に思い描いていた。
会社勤めの地味な現実との落差に不満がたまる。

掃除をするために大学を出たんじゃない、もう辞めようかーと家族に相談し
た。父親が言葉を掛ける。「大学を出たなら、出たなりのやり方があるんじゃないか。
一生懸命考えてやってみろ」。男性は奮起し、あれこれ工夫して掃除に打ち込む。
与えられた仕事に精いっぱい取り組む姿勢が身に付く。
社会人として一回り大きくなった気がした。

見城徹さんら著「憂鬱(ゆううつ」でなければ、仕事じゃない」(講談社刊)
を読んでみた。「うまくいかない」と嘆く人に、見城さんは「君は体を張ったのかい?」
と問うている。<七転八倒しながら、リスクを引き受けて、憂鬱な日々を過ごす>
ことが大事と説いていられる。

今春、就職した若者と話す機会があった。思い通りにいかず悩むこともあろ
う。掃除だろうと何だろうとまず目の前の仕事に全力を尽くしてみる。
いつの間にか壁を乗り越え、成長した自分に気付くはずだ。

政治・政争

これで何人目になるのだろう。菅内閣当時の仙谷由人官房長官と
馬淵澄夫国土交通相、野田内閣での一川保夫防衛相と山岡賢次
消費者行政担当相。いずれも野党が多数を占める参院で問責決議案が
可決され、法的拘束力はないものの退任に至った。

今度は資質が問題視される田中直紀防衛相と、岐阜県下呂市長選の
告示前に特定候補への支持を依頼した前田武志国土交通相である。
自民党が二人の問責決議案を参院に提出して本会議で可決された。
問責を出されたのは政権交代後これで6人になる。もっとも、二人は
続投の意欲を見せているし、野田首相も辞任の必要はないとの考えのようだ。

確かに、田中防衛相の国会答弁はあまりにもお粗末すぎる。
前田国交相の行為も軽率のそしりを免れない。ただ、政争の具として
問責乱発は、国会審議をいたずらに停滞させるだけである。

いま国会では、原発の再稼動問題や、消費税増税関連法案などの
重要案件がめじろ押しだ。外交的にも、北朝鮮のミサイル発射に続く
核実験が懸念されているし、石原慎太郎東京都知事の尖閣諸島購入
発言も飛び出した。日中間がぎくしゃくするのは必至だ。

これでは被災地の復興もままならないだろう。日本の政治そのものに
「問責」を突きつけたいくらいである。


 

法隆寺の宮大工

法隆寺の宮大工棟梁の嫡孫として生まれたのに、小学校を出ると
農学校に入学させられ、そこを卒業すると農作業をさせられた少年がいた。
少年は、のちに法隆寺の昭和大修理と薬師寺の伽藍(がらん)の復興に
生涯をささげた。

「鬼」とも呼ばれた棟梁西岡常一さん(1908~1995)のことだ。
「土に学べ」と言われて育った。自然が土をはぐくみ、土が木を育てる。
それを肌で知り、「木と話す」ことができるようになった。

木は教えてくれる。同じ山の木でも太陽や風の当たり具合で木質が違い、
ねじれなどの癖も異なる。木質に合わせて柱や桁(けた)などに使い分け、
木の癖に合わせて組む。

晩年のドキュメンタリー映画「鬼に訊(き)け)(山崎祐二監督)ができた。
森林国日本の文化が生んだ"木のいのちのつなぎ方"を次世代に伝える
熱い語りに、観客の背筋はおのずからしゃんとなる。そんな映画だった。

法隆寺に使われたヒノキは薄く削ると芳香が漂うという。大修理の際は
樹齢千年余のヒノキを求めて台湾に行った。樹齢と同じ歳月を、
建ててもう一度生かす日本の技を、自国の材料で継げない現実も
映画は伝えている。

川崎市アートセンター(川崎市麻生区)で上映された。見終わって、思う。
木の質や癖に合うよう使って組むという言い方は人間社会にも通じる。
最後に棟梁は言われる。「間違ったら棟梁が腹を切るんやから、
恐れずにやってもらいたい。ごまかしでないほんまの仕事を」

ジェクト株式会社の創立者、現社長祖父から、棟梁としての話しの中
から訊いた「魂」をこの映画から懐かしい面影と言葉を思い出したことを、
現社長に語ったところである。

痩せ我慢

痩せ我慢を国の指導者に求めたのが、福沢諭吉である。
晩年「瘠(やせ)我慢の説」を著した。文中で勝海舟らを
批判している。明治政府への功労は認めながら、
幕臣である勝海舟が勝ち負けを試みず降参したのは
「日本国民に固有する瘠我慢の大主義を破り・・・
立国の根本たる士気を弛(ゆる)めたるの罪は
遁(のが)る可(べか)らず」と痛烈だ。

その本意は、平和裏に生まれた新政府が精神面で
空洞を抱えることになったとの警告にあった。
120年後、空砲はますます大きく、痩せ我慢なんぞ
永田町のどこを探しても見つかりそうにない。

福沢諭吉の時代に負けず劣らぬ危機に直面しながら、
ともに身をていする覚悟はなく、角突き合わせるだけの与野党だ。
寄らば大樹とばかり、なりふり構わぬ新党の動きで
、空虚な多弁だけが闊歩している。

「学問のすすめ」の最後で「人の顔色は家の門戸の如し」と
顔の大切さを説いた諭吉。痩せ我慢を忘れた政治に自身の顔で
飾られた紙幣が翻弄(ほんろう)されていると知れば、
どう思うだろうか。

危機対応

北朝鮮が「人工衛星」の打ち上げと主張した長距離弾道ミサイルの
発射は失敗に終わったと報道された。発射場を外国メディアに公開し、
平壌に記者を集めるなど、閉鎖的な国にしては異例の対応を取って、
技術力を誇示する狙いが裏目に出た。

日本政府の対応は問題を残す結果となった、と言わざるをえない。
政府のミサイルに関する発表は発射から約40分もたっていた。
発射直後には米軍から一報が入っていたがミサイルが通常の軌道
を描いていなかったために確認作業が難航し、これが大幅な遅れに
つながったと発表された。

緊急情報を全国に伝える[Em-Net(エムネット)」などを通じた
自治体や国民への速報も遅れることになった。幸いなことに
落下物などによる国内への影響は出ていないようだが徹底した
検証が必要だろう。
 
2009年にも北朝鮮のミサイルへの対応で当時の政府が
失態を犯している。政府は「発射」の謝った情報を発表し。5分後に
取り消している。上空を通過するとされていた東北地方の自治体や
住民は混乱に陥った。

今回の公表の遅れの原因は情報判断や伝達体制の未熟さに
あるのだろう。政府は迎撃体制を整え、万全の措置を取る、と
強調してきたが、過去の教訓が生かされていなかったことになる。
お粗末な危機対応ぶりは政府に対する信頼を、さらに失わせるもの
となりかねない。

天下りの輪

最近のニュースで、AIJ投資顧問の年金消失問題ほど
腹立しいものはない。運用実態を隠して勧誘しておきながら、
「だましたという認識は一切ない」と言い放つAIJの浅川和彦
社長の厚顔ぶり。

この問題で見逃してはならないのは、天下りの役回りだ
。旧社会保険庁のOBの一人が自身の人脈を使い複数の
厚生基金にAIJへの運用委託を勧めていたという。
「天下りの輪」が問題を拡大させた疑いがある。

厚労省の調べでは、全国の厚生基金の6割に721人の
国家公務員OBが役職員として天下っている。
大半は旧社保庁の厚生省出身だ。しかも資産運用に携わった
9割は運用の素人だったという。

「消えた年金記録問題」の陰でせっせと天下り、人の年金を
預かって自分の老後資金を稼いでいるわけだ。
運用を委託した理事長が同じ委員会で、2005年、
厚労省に運用難に陥った基金の解散を申し出たところ
「解散の基準に該当しない」と門前払いされたことを明かした。

解散のハードルを高くしているのは、天下り先を温存するため
との指摘がある。天下り天国が国民を地獄に落としている
としか思えないのだが。

迷いなく決断する

今年は将棋界に「名人」が誕生して400年。この間、名人の地位を
得たのはわずか25人。その中で、羽生さんは「永世名人」
(名人位通算5期以上)の資格を有する一人だ。

プロ棋士の思考のプロセスを聞くことができた。将棋では
一つの局面で80通りもの可能性があり、羽生さんは直感で
2,3の手を選び、残りは捨てるとそうだ。

なぜなら、たくさんの可能性から一つを選択する方が、
少ない可能性から選択するより後悔しやすいからだと語られる。
選択肢が多いほど「迷い」も生じやすい。

対局は「読み」と「大局観」「直感」の組み合わせ。大局観とは
具体的な指し手を考えるのではなく、今までの流れや全体の局面を見て、
方針や戦略を考えることであり、方針が定まれば無駄な考えが
省略されるという。

また、不調のときには生活に変化やアクセントをつけて乗り切る。
緊張やプレッシャーを感じるのは決して最悪の状態ではなく、
あと一歩のところまで来ており、自分の能力を発揮できる場面と
考えるなど。常に前向きなのも強さの秘密なのだろう。

変化が早く、情報にあふれている現代社会では決断に迷うことが多い。
目先のことにとらわれて全体が見えていないこともよくある。
いかに情報を取捨し、広い視野でものごとを見るか。後悔ばかりが多い
凡人ではあるが、参考になった。

大局観

将棋のプロ棋士と、コンピューターの対局がしばしば話題を呼ぶ。
男性プロ棋士が公の場で敗北したケースはないというが、
風向きが少々怪しくなってきた。

現役を引退したとはいえ、元トッププロの日本将棋連盟会長の
米長邦雄永世棋聖が年明け後、コンピューターの将棋ソフト
「ボンクラーズ」との対局で負けてしまったのだ。
「一手見落とした。私が弱かった」と米長会長。負けを認めつつも、
悔しそうな表情だったそうだ。

パソコンによって、多彩で長時間に及ぶ試合展開もほんのわずかな
時間で見ることができるようになったという。将棋の世界にも
コンピューターは徐々に浸透している。

ただし、簡単に見ることができるものは簡単に忘れてしまう。
今月、名人戦に挑む羽生善治2冠が先日の講演で、そう語って
いられたのが印象深い。プロ棋士は5年、10年後も正確に記憶して
いなければならない。そのためには、木の盤を使い、ノートに書く。
「五感を酷使することが大事です」。コンピューターとの切磋琢磨は
今後も続くだろう。

羽生さんによれば、対局は「読み」と「大局観」「直感」の組み合わせ。
計算や記憶の能力が高い10代や20代の棋士は「読み」が9割で
、残り1割が大局観や直感、年期を積むと大局観や直感に
比重を置くようになる。

大局観は具体的なことを考えるのではなく、方針や戦略を考える。
方向性が定まれば無駄な考えも省略できるという。「木を見て森を
見ず、の逆です」(羽生さん)。そいいえば、今の社会、政治を含め
大局観がなさ過ぎるように思えてならない。

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