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2026-05-29
7日目はユダヤ人歴史博物館からスタート。この日は休館日で
ワルシャワ・ゲットーの記念碑のみ見る。ゲットーとはユダヤ人の
強制居住区域のことで、ワルシャワは最大で40万人以上が
収容された。1942年ナチスはゲットーを解体、ホロコーストの
一環として住人を強制収容所に移送して殺害したのだった。
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ポーランドといえばショパンゆかりの地。20歳まで過ごして
ウイーンに旅立ち、「せめて心臓だけでも故郷に持ち帰って
ほしい」との遺言を残し、心臓の安置された聖十字教会を見学。
また若きショパンが演奏したヴィジトキ教会に立ち寄り、
とても歴史を感じさせる旧市街を歩きました。
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聖十字架教会
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心臓が安置された石柱
そのあとショパンのピアノコンサートも体験。
当時の貴族のサロンのような場所で、バラード第1番など
ショパンの代表曲を1時間、角のない?親しみやすい演奏を
聴き、終了後そのピアニストと握手をしてCDも購入!
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翌日、列車でクラクフへ。ここは11世紀から約550年間
ポーランド王国の首都として栄えた都。ここから世界遺産の
ヴィエリチカ岩塩坑へ向かいました。1250年~1950年代まで
世界有数の岩塩採掘場として稼働し、中には祭壇から床に至る
まで全て塩の結晶でできている聖ギンガ大聖堂がありました!

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9日目はアウシュビッツ・ビルケナウ収容所跡へ。1940年、
ここはポーランドの政治犯を収容するために作られたが
次第にユダヤ人を収容して大量虐殺が行われるようになり
収容された10人のうち9人、約120万人が命を失った。
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ガ ス 室

焼 却 炉
80年以上前の思い出したくもないこの施設を、これだけ
丁寧に保存するのは、この惨劇を二度と繰り返さないよう
あらゆる国のあらゆる年代の人々に実態を訴え続けるため。
唯一の日本人ガイドに案内してもらいましたが、全世界から
毎年約230万人が訪れる中で、日本人はまだ約2万人とのこと。

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翌日はクラクフの歴史地区を観光。まず旧市街の南端
にある歴代のポーランド王の居城だったヴァヴェル城へ。
まず入口近くの旧王宮を見学。


ヴァヴェル大聖堂

旧 王 宮


奥に進むと200m四方の広大な広場に出ました。中央には
14世紀には衣服や布地の交易所だった繊維会館があり、
その向かい側はステンドグラスが美しい聖マリア教会。



繊 維 会 館


聖マリア教会

旧市街の北側にあるのはチャルトリスキ美術館。
イザベラ公爵夫人が1801年に設立した最古の美術館で
何とレオナルド・ダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」や
レンブラントの作品も展示される稀有な私立美術館です。



ダ・ヴィンチ作品


レンブラント作品

ショパン肖像画

ショパンデスマスク
夕食のあと陽が落ちてもまだ賑わうこの広場をゆっくり歩き
夕映えの風景を目に焼き付けて最後の夜を過ごしました。



翌日の早朝、クラクフ空港から空路ヘルシンキへ。成田への
乗換え便まで約5時間あったので、ヘルシンキ中央駅まで
列車に乗り、軽くランチしたあと近くの公園を散歩。


ヘルシンキ中央駅


フィンランドは2013年に北欧4か国を訪ねたとき、最後に
ヘルシンキだけ寄ったのですが、イギリスやフランスとは同じ
ヨーロッパでも雰囲気の違うフィンランドの全域をゆっくり
一周したいものです!
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ページ作成日 2026-05-29
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観光後、約90km先のリトアニアに移動し、十字架の丘へ。
これだけの十字架が立ち並んでいるとは…。1831年、
ロシアに対する蜂起で処刑された人々の鎮魂のために
建てられ、旧ソ連に何度も焼き払われるなどの困難を
乗り越えて、今でも十字架は増え続けているそうです。
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シャウレイから首都、ヴィリニュスへ。リトアニアの
建国は13世紀半ばで、14世紀末には現在のベラルーシ、
ウクライナ全域とポーランド、ロシアの一部も領土とする
ヨーロッパ最大の国家となったとか。人口は約230万人。
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聖ペテロ・パウロ教会
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夜明けの門
聖ペテロ・パウロ教会、夜明けの門を見学した後「杉原桜
公園」へ。これは杉原千畝の母校早稲田大学が、生誕100周年
を記念して植樹したものです。そしてリフトで塔の建つ
ゲディミナス城壁へ上がり、中世のような市街を見物。
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ケディミナス城壁
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市庁舎広場

聖アンナ教会
その後旧市庁舎の周りを散策して、旧首都のトラカイへ。
二つの湖に挟まれたトラカイ城は14世紀後半の築城、湖畔
には人工的なものが無く、とても美しい自然な景観に感嘆!
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そしてカウナスに向かって宿泊。7日目はまず高台から
旧市街を一望して、カウナス城、旧市庁舎を見学した後、
戦前の日本領事館、杉原千畝の記念館を訪ねました。



カウナス城

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旧市庁舎
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杉原記念館

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ナチスに追われたユダヤ人は日本を経由してアメリカに
逃れるのが唯一生きる道。領事代理の杉原は何度もビザ発行の
許可を本国に求めるが全て拒絶。それに反してビザを発給し
約6000人の命を救う。今の私たちは同じことができるでしょうか…。
再びバスに乗って約400km南下し、ツアー最後の国ポーランド
のワルシャワへ。
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ページ作成日 2026-05-28
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東ヨーロッパのバルト3国とポーランドのツアーに
参加。1991年、旧ソ連が崩壊し、この3国は独立を
回復しました。フィンランドのヘルシンキで乗り継ぎ
エストニアの首都タリンへ。ここからポーランドまでは
地続きなので、移動手段はすべてバスを利用。
エストニアは人口130万人、面積は北海道の約半分
の小国で、エストニア語は他の2国の言葉と全く違うが
フィンランド語には似ていて、話すと分かるそうです。
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帝政ロシアによって建てられたアレクサンドル・
ネフスキー教会(ロシア正教)の正面にあるのは
国会議事堂で入口の警備もなく簡素?で驚きました。
トームベアの丘から塔が立ち並ぶ旧市街が一望でき
そのあとフリータイムで市内を散策。夕食は工場を
リノベーションしたような天井の高いレストランで。
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3日目は陸路約300km、ラトビアの首都リガへ。
ラトビアは人口約180万人、面積は北海道の3/4。
農場レストランでの昼食後、中央市場へ。かつての
飛行船の格納庫の材料を使ったドームが印象的な建物。
街の一角のユーゲントシュティール建築群を見学。
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アールヌーボー様式の建物で1900年頃から流行って
中心部の建物の約4割はこの様式で建てられたとのこと。
曲線や植物模様、動物などの像が印象的。
次の日はラトビア南部の“バルトのベルサイユ”とも
呼ばれるバロック様式のルンダーレ宮殿へ。
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1768年の完成、内部はロココ調の豪華な装飾で
宮殿の南側にはフランス式庭園が広がっていました。
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