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2019-10-18
2年前に桂離宮を訪れた時、京都のもう一つの
宮内庁管轄の建物、修学院離宮をいつか見たいと
思いましたが、この度見学が実現しました。
3か月前の予約で取れたのが先週金曜日の午後3時。
昼過ぎに京都に着き、荷物をこの日の宿の俵屋に置いて
地下鉄で国際会館まで行き、バスに乗り換えて現地へ。
3時の参加者15,6人はまず事務所で解説を聞きました。
元々ここには10世紀に修学院というお寺があったが
17世紀に後水尾上皇により造営された山荘です。
敷地は約54万㎡と桂離宮の8倍あり、下、中、上の
3つの離宮が点在しています。まず入り口から近い
下離宮へ。ここには寿月観という数寄屋造りの建物があり、
屋根はこけら葺き、雨音対策もあったようです。
中離宮へは赤松が両側に植えられた道を行きますが
道の左右は水田で、右手には遠く京都市街を望めます。
中離宮には2つの建物があり客殿の方の中央にある豪華な
霞棚という違い棚は「天下の三大名棚」の一つとのこと。
ここは標高100mで、150mの上離宮まで坂道を上ります。
頂上の隣雲亭に着くと眼下に浴龍池と背景の山々が望めて
紅葉の時期にはさぞ素晴らしかろう、と想像されます。
池の淵まで降りて楓橋を渡って中島へ。窮邃亭という
茶屋を見ながら土橋を渡り池の周りをぐるっと回って
松並木の小道を下離宮方向へ戻りました。
京都市内の喧騒を離れて、広大な敷地の中の3つの離宮と
浴龍池の周りの雅やかな風情、一見の価値は十分ありました。
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ページ作成日 2019-10-18
2018-12-09
翌朝、ハウスボートを降りた私たちは約50㎞北上し
最後の宿泊地のコーチンへの途中、アラビア海の砂浜へ。
波打ち際であるカップルに写真撮影を頼まれたことが
きっかけで話をすると,私たちが3年前に行った
チェンナイから新婚旅行で来た人たちでした。
コーチンは今までの街と違って、独特の雰囲気があり
ヨーロッパ風の建物が見られるのはその歴史によります。
紀元前から交易の拠点として栄え,1503年にはポルトガルの
植民地となり、その後1663年にはオランダ領に、1795年
にはイギリス領と支配者は変遷します。
私たちのホテルはその中心地だった「フォート・コーチン」の
繁華な場所にあり、大きな邸宅をリノベーションしたようです。
この日は夕刻、近くのシアターで伝統芸能「カターカリ」
を鑑賞。顔を緑色に塗るのが特徴で、セリフは無く表情と
身振り手振りで表現しますが、日本のお神楽を演ずる時に
つける仮面、雅楽のリズムに共通点があるよう感じました。
翌朝海辺に出てチャイニーズ・フィッシングを見ました。
これは丸太に10m四方ほどの網をつけて、海に沈めて
引き上げるという伝統の漁法で、私たちも参加しました!
街にはオランダ人植民者の墓地や、その頃建てた邸宅が
残っており、インド最古という聖フランシス教会にはヨーロッパ人で
初めて海路でインドに来たヴァスコ・ダ・ガマの墓があります。
サンタクルス聖堂は1506年に建築され、20世紀初頭に建て
替えられたカトリック聖堂。ちょうど子供たちが外に出てきて
私たちを見ると人懐っこく取り囲み質問を浴びせました。
2度目のインド、インダス文明を持ち出すまでもなく、
悠久の歴史と独特の文化を持つアジアの大国。
経済も著しく発展し、この子供たちが成長して国を支える
ようになる頃には、GDPもアメリカを上回るとか・・・。
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ページ作成日 2018-12-09
2018-12-08
3日目は午前中ホテルのプールサイドでのんびりした後
国際空港のある州都のトリヴァンドラムへ向かいました。
この町の象徴とも言えるパドマナーバスワーミ寺院は
入れるのはヒンズー教徒だけで、私たちは建物の周囲のみ
歩きました。ここは旧市街に位置し、寺院の周りは多くの
地元の人たちで溢れ、外国人姿はあまりありません。
ホテルに戻って夕食を取り、リーラ最後の夜を過ごして
翌日はハウスボートを乗るためアレッピーに向かいました。
インドは車は左側通行ですが日本人に運転は不可能です。
何故ならよほど大きい街でないと交差点に信号がなく
大きく反対車線にはみ出しての追い越しは日常茶飯事!
ボート乗り場は、住宅街の細い道の奥にありました。
客室は3つで部屋にはトイレ、シャワーがあり、お客は
私たち4名。乗船スタッフの中にはコックさんもいて、
出帆後、食堂でさっそく何品もの南インド料理を堪能。
進行方向右手にはたくさんのハウスボートが停泊し
幾つものボートとも行き交いました。2階建てのものも
ありますが、大きさは大体同じくらいの木造船で
この地域には1,000艘以上あるそうです。
暫くすると岸辺の背景の風景が青々とした田んぼに変って
きました。これだけ広い水田を日本で見た記憶がないほどです。
調べるとインドは世界一のコメの輸出国とのこと。
さらに進むと大きな湖に出ました。グーグルマップで見ると
アラビア海に近く、昔海だったところが分離されてできた
「潟湖」のようで、とても広大で琵琶湖くらいありそうです。
夕刻近くボートは岸辺に横付けされ、スタッフは夕食の
準備を始めました。私たちは陸に上がって日没が見える
場所へ移動し、インドの日の入りを初めて眺めました。
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ページ作成日 2018-12-08
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