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スタッフブログ

キムプゥの食べ歩き日記(2)

  • 2008年10月31日 11:14

お久しぶりの食べ歩き日記です。
第二弾は、広島です。
宅建協会の旅行で一泊二日にて行ってきました。

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まずは、原爆ドームです。
原爆の恐ろしさ・悲惨さを感じました。
このような悲しい体験が、繰り返されないよう「平和な世界」がくるといいですね。

気持ちを切り替えまして、広島最初の食べ歩きです。
(切り替えが早いのも、私の長所?です。)
やっぱり広島と言えば、お好み焼きですよね。

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ここのお店は、「観光お好み焼き学校」といって、
広島風のお好み焼きの焼き方を教えてくれて、自分で焼きます。
何となくそれなりに焼けていますでしょ・・・。
最後に卒業証書もいただきました。

2日目は、「大和ミュージアム」にも行きましたよ。

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入口にある模型は、当時の製作者と同じ方が担当されたそうです。
戦艦大和は、現代の工業技術にもかなりの貢献をしてるそうです。
映画「男たちの大和」を思い出しながら、館内を案内していただきました。

次の食べ歩きは、安芸の小京都と呼ばれる竹原にあった「鬼瓦そば」です。
竹原市重要伝統的建造物群保存地区の中にある、「竹の茶屋 いっぷく」というお店です。

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ご主人が屋根職人ということで、保存地区の中で集められた約120年前の瓦に乗せたおそばです。
焼いた日本そばを始めていただきましたが、香ばしくぜんぜんありって感じですよ。
おかみさん曰く、ホットプレートでは同じ味は出せないということですので、
ぜひ、ご自宅に瓦ががある方は、試してみてください。(そんな人は少ないですよね・・・)

今回第二弾広島でしたが、実はこの他にもいろいろいただいてきましたが、
あまり載せてしまうと、大食い大会と間違えられてしまいそうなので、これくらいにしておきます。
「ぶちうまいけぇきてみんさい」てな感じで、ごちそうさまでした。   <キムプゥ>

高橋選手引退

声援に包まれて疾走する人も幸せなら
その人が連れて来たさわやかな風に包まれて感動に酔いしれる
日本中の人々もまた幸せだった。
2000年のシドニー五輪女子マラソンで
高橋尚子選手が日本陸上女子初の金メダルを獲得した日のことは
今も鮮やかに思い出される。

オーストラリアの青い空から強い日差しが降り注ぐ街道を
力走する高橋選手は35キロ手前で突然、サングラスを投げ捨て
一気にラストスパートを掛けた。
競技場一番乗りでテープを切った途端
それまでの厳しい表情が満面笑みのQちゃんスマイルに変わり
表彰式ではちゃめっ気たっぷりに金メダルをかじって見せてくれた。
 
8年前のプロ野球日本シリーズ第1戦。
長嶋、王両監督が激突する夢の「ON対決」として騒がれた試合で、
始球式に立ったのが高橋選手だった。
ボールは一塁側に大きくそれたが、これもご愛嬌。
スタンドは沸きに沸いた。
このころが高橋選手の絶頂期だったかもしれない。

豊かな表情を見せる高橋選手は人々を魅了し
勝ち負けにかかわらず、ひたむきに走るその姿が感動を呼んだ。
栄光の後にいばらの道が待っていた。
相次ぐ故障、アテネ、北京と2度の五輪代表落ち。
金メダリストには辛い日々だったに違いないが
それでもQちゃんスマイルは絶やさなかった。
得意のときも失意のときも、人々に、さわやかな風を送り続けた。
 
引退会見で「完全燃焼できたかな。陸上人生に悔いはない」
と笑顔を見せた。まだ若い。これからも、さわやかな風を
まといながら、人生というマラソンを駆け続けてください。

それにしても今年はスポーツ選手の引退が目立つ。
プロ野球だけ見ても桑田真澄投手、清原和博内野手,王選手
がユニホームを脱いだ。大リーグの野茂秀雄投手も。
偶然であれ、一つの節目なのだろうか。

(M.N)

雑誌の休刊

昭和30年ごろは、本屋さんが宅配して回っていた。
私が下宿していた大家さん宅でも歌と映画の娯楽雑誌「平凡」や
「主婦の友」をとっていて、ご家族が毎月
楽しく読んでられたのを思い出す。

両誌とも今はもうない。「平凡は」20年ほど前に終刊。
90年余続いた「主婦の友」は今年6月号が最後となった。
このところ月刊誌の休刊が目立つ。

雑誌の浮き沈みは時代の変化と重なる。
家計簿など付録が人気だった生活実用誌「主婦の友」
は主婦という言葉を社会に定着させた。
高度経済成長期の象徴ともなった「専業主婦」が広まるとともに
同誌も急成長した。

しかし、男女雇用機会均等法が施行された昭和61年ごろから
流れが大きく変わった。専業主婦から働く女性へ、昭和から平成へ。
様変わりした女性のニーズをつかみきれないまま
読者激減の道をたどっている。

相次ぐ休刊の原因は部数と広告収入のダウンだそうだ。
その背景にはインターネットの普及や活字離れがあるそうだ。
情報入手の手軽さ、スピードは雑誌よりネットがはるかに上。
かみ砕くのが難しい硬い雑誌などは敬遠される。
それにしても活字で育ってきた私にはさびしさを感じる。

本は、楽しみを与えてくれる。
自分の世界を広げてくれる。
それだけでなく、心の危機を乗り越える手立てにもなる。
まさに「活力の底力」といえようか。
今日から読書週間。
明日にでも、ちょっと近所の書店に寄ってみよう。
熱にうなされるほど夢中になる本との出会いは、楽しい。
近頃、物忘れが進むこの頭に、活を入れることにもなるはずだ。

(M.N)

不動産部新城店 オープニングイベント

  • 2008年10月27日 16:33

さる26日の日曜日に、先週オープンした不動産部新城店の、一般のお客様向け「オープニングイベント」を開催しました。
当日は、地元商店街のお祭りと重なったこともあって、店先に行列ができてしまうほどの盛況で、用意していたサービス品もたちまちなくなってしまうほど。
担当者もうれしい悲鳴でした。

これから地域の皆様にかわいがっていただけるよう、頑張っていきたいと思います。

(てっちゃん)


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お客様からいただいた生花も飾られて、華やかな感じの新城店の店先です。


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ちいさなお子さんに人気だった、「お菓子のつかみどり」。一時は横断歩道の
ほうまで行列ができてしまいました。


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サイコロの出た目の数だけ、小箱入り洗剤を差し上げるサービスは、お母さん
たちにとても好評でした。


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商店街のお祭りの出し物の「ベリーダンス」のパレード。ジェクトの社員もいっ
しょに踊ってます。(笑)


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忙しい1日が終わって、ホッと一息。とりあえず、事務所開きのお祝いも兼ね
て乾杯!


頑張れ太郎君

大阪・道頓堀で太鼓をたたき続けていた「くいだおれ太郎」が
有料でイベントやCMに出演するようになったそうだ。
売却もうわさされていた。

太郎君は、食堂「大阪名物くいだおれ」の看板人形だった。
太郎君を擬人化したマガジンハウス刊の「くいだおれ太郎のつぶやき」
によれば、1950年から店頭で働きはじめ
今年7月8日をもって閉店とともに退職した。

現役の間には、関西空港開港時にオーストラリアへ旅をし話題になった。
大阪万博会場に出張し、国体の開会式に出席するなど
通天閣とともに大阪のシンボルといわれるほど全国的に知られた。

それなのに、食堂「くいだおれ」が閉店したのは
道頓堀がすっかり様変わりしたからだ。
芝居や演芸などの小屋が次々とたたまれ、洋食や和定食、居酒屋など
何でもそろっているような食堂は時代から取り残された。

全国的なチェーン店の進出によって
地元で長年営んできた個人経営の飲食店が姿を消している。
各地でも、同じような看板が目立つ。極端に言えば
地域固有の文化が大手資本に席巻されているようで、大変寂しい。

第二の人生を、タレントを目指す太郎君に大阪らしさを守るために
「がんばってや」とエールを送りたくなる。

(M.N)

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